やっぱり誕生日とはおめでたいこと

 幸せを求めることはばかげています。

 なぜなら、幸せは求めないときにだけ、あるからです。 

  (クリシュナムルティ)

ですって。ちょっと違うでしょ?

あなたもわたしも、しあわせは好き。大好き。

だから、面白くないことや、お局さまの攻撃や、頭痛は大嫌い。

夫や子が思うにならないなんていらいらするんだもの。

でも、かれは思考を落としなさいと常に言いました。

落とさないとすぐにあれこれ妄想が支配し、今目の前で起こっている変化を嗅ぎ分けられないと。

難しい? ですよね。

思考を落としたら、ばかになる?いいえ、かえって叡智がやってきます。

別に神がかった話をしたいわけじゃない。

じっと感じていると、不安もなく、今そのものになります。

それはとてもこころ穏やかな、暖かいもの。

皮肉にも思考を落とした方が賢い反応をじぶんはします。

求める限り、こころ晴れ晴れとは開放されない。

求めるって、現状に不満があるから何かで満たそうとするのです。

しあわせを求める時点で、じぶんは既におのれの不幸を認知しているわけです。

今が気に入らないわけです、嫌なんです。

現状を味わうことなく、ちゃっちゃと”良い”状態へ行きたいというわけです。

青い鳥は外にはいないのに。。。

昨日のこと。

朝、目が覚めて、かのじょを見たら目が合いました。

「おめでとう」とかのじょが言ってきました。

うん?と思って、ああ、そうか、今日はじぶんの誕生日なんだと気が付いたのです。

「ありがとうございます」とわたしは起き掛けに言いました。

「きょうは、ケーキを買ってっこようかしらね」とか言ってくださる。

いいえ、もう子供じゃないのです。間に合ってるのです。

だいたいじぶんの誕生日まで忘れるぐらいに、やっと気にしない状態になれたことが、ハッピーでした。

いくつになっても、祝って欲しかった。

それは恥ずかしいから言わないでいたのですが、やっぱりおめでとうと言って欲しかった。

でも、そんなこころもどこかへ卒業していた。

嬉しいぃー!

顔を洗ってから京都の母に電話をかけました。

「お久しぶりです。ほんじつはありがとうございました」とわたしは言いました。

「ああ。。」と母は言い、もちろん息子が何を言っているのかは分かっていました。

そりゃ、母親ですもの、自分が生んだ子の誕生日はいつまでも覚えている。

毎年、じぶんの誕生日には、わたしが母にかけるのです。

母はいろいろ気をもむ割に心配症とでもいいますか、自分からはかけてこれない。

ほんとはかけて来たいのでしょうが。

しばらく話してから、「生んでくだりありがとうございました。今日はありがとうございました。」とわたしは言い、話を終わりました。

母は嬉しそうでした。

毎年、真夏にこの日が来ます。

そうすると、お腹が大きくなってけだるそうな母の姿が、初子を産んだ若い母の夏が浮かび上がります。

父は思い出さないです。

きまって身重の母の姿。

わたしの妹からもお祝いのメールが来て、夜にはのぶから電話が来ました。

父親を思って電話をかけてくれるなんて。。。

わたしはじぶん本意な生き物でしたので、若い頃は電話なんかしませんでした。

出来た子だなぁ〜。。

夜も12時をまわろうとする頃、てつからメールが来ました。

お父さん、おめでとうって。

わたしに対する反発の強かった長男からでした。

暑いね、からだに気をつけてと書いてありました。

のぶが結婚を機に家を出た、ちょうどそのタイミングでかれも新宿へと引っ越したのでした。

良い子ほど、親に対する反発は強くなります。

そうやってじぶんの型を見つけてゆく。

メールをしてきた、かれもようやくじぶんの足で立てるようになったのだと分かりました。

月10万円ほどで暮らしているのですが、毎日ろくなものを食べれていないはずなのですが、

それでも必死に放送作家を目指している。

きっと毎日、忸怩(じくじ)たるものがあるはずなのですが、さらっと「お父さん、おめでとう」って忘れずに書いて来たのですから。

返信をするとまた、メールが来ました。

「また、会いにゆくよ」と。

親が心配していることを知っているのですね。

忙しがって、きっと会いには来れないのですが、そう言うかれでした。

ああ、、、おとなになったなぁ。。

おめでとう、おめでとう、おめでとう。

別におめでたくは無いのです。

ただ、1年をよぶんに過ぎただけでわたしは1年なにも進化しなかったのです。

いつもと変わらぬ1年が過ぎただけなのです。

だから、年を取ることを嫌がるひとが多いです。

老けたことを恥じるひともいます。

世に美魔女なるひともいて、美を自慢するんだけどそれも不自然だなぁ。。

人は老いるのが自然なんですから。

目も頭も足腰も劣化するんです。

それでいいのです。

それは肉体の定めだから。

体がしんどければ、確かにこころも重くなります。

でも、精神は肉体に所属していないのかもしれない。

先日105歳で亡くなられた日野原さんはこんなことをいっていたのです。

『人間は生き方を変えることができる。

繰り返す毎日の行動を変えることにより、新しい習慣形成により、新しい習慣の選択を人間は決意できる。

人間には選択の自由がある。

そして、意志と努力により、新しい自己を形成することができる。』

体が制約してきても、その制約の中でも選択肢があるのです。

どちらを選ぶもあなた次第。

そういう日々の選択肢の1つ1つの積み重ねが、新しいわたしを作るといっています。

重く沈むこころは気合(思考)では変えれません。

行動を変えれば、でも思考も変わるといってます。

それを105年間、倦まずたゆまずずーっと歩んだひとでした。

そういう先輩が生きていた。。。

『人間にとって最も大切なのは、命の長さだと思っている人は多い。

しかし、私が出会った人を振り返ってみて、その人の命が素晴らしい命だと思える人においては、

ごく少数の例外はあるにせよ、命の長さはあまり問題ではない。』

じゃあ何がにんげんに素晴らしさを与えたのかというと、

『私は、生きがいとは自分を徹底的に大事にすることから始まると信じている。』

恐れるじぶん、弱きになるじぶん、他者のせいにしてしまうじぶん。

それはすこしも「自分を大事にする」というのとは違う。

こどもたちも、じぶんの足で立ち、そしてようやくじぶんを大切にするという意味を分かり始めたのでしょう。

だから、家を出てから、お父さん、お誕生日おめでとうと言って来た。同居しているときには、もぞもぞとしか言わなかったかれらが、積極的に手をわたしに差し伸べてきた。。

『自分のためにでなく、人のために生きようとするとき、その人は、もはや孤独ではない。』

青年は孤独に悩みます。そう、もうかれらは青年を脱したのです。これからのかれらは、他者に手をもっと差し出してゆくことでしょう。。

かのじょと用事があって横間までドライブし、その帰りにうん十年ぶりに、あるお店をみつけました。

それはこの神奈川に、幼いのぶとてつを連れて引っ越して来た当時に寄った店でした。

うん十年経ってもまだあったのです。

当時、わたしたちは、のぶとてつのために、赤と青のコップをそこで買いました。

青は長男のてつがとり、赤は次男ののぶがとりました。

それからかれらはこの家を出るまでずーっとそのコップを使い続けた。

20代半ばを過ぎたオトコたちが、幼児用のコップをまだ使うなんてへんだなとはおもいますが、かれらはそれを気にしなかった。

青はてつのコップで、赤はのぶのコップ。

とても仲の良い兄弟でした。

クルマの窓から、その懐かしい店をみながら、きっとかのじょも時の過ぎる早やさを思っていたことでしょう。

あの小さかった子らが、もうここにはいなくて、そして理不尽にもじぶんは老いてゆく。。

まぼろしのように過ぎ去ってしまったのですが、しかし、確かにこの大地に刻んだものもあったのです。

のぶとてつは勝手に大きく成り、そして勝手に親を気遣うようになったのです。

同居していた時には見せなかった思い遣りというものを形にしてみせてくれるまでに成長した。

なんにも為さずにあっという間に年を取ったのか。

いいえ、確かにわたしたちは大地と生きていたんですね。

運がよければ、来年の夏、また、みんなの声が聞けます。

やっぱり誕生日とはおめでたいことで、在り難いことなんですね。