すべての異なる地球の政治、文化、宗教はワンワールドになる(4)

世界霊界伝承事典

ピーターヘイニング柏書房1995/11

黄色い人

根強く残る言いつたえによれば、フランス国民の運命は、通称黄色い人という幽霊の出現となぜだか関係している。顔は黄色で喉のまわりに赤印のあるこの妖怪は、1870年にはじめて目撃されたとの由。これは、いざ普仏戦争1870〜71が勃発しようという時期だった。エリオットオードネルは、諸族の幽霊と幽霊現象1933でこの幽霊について書いている。同書にはこうある。

戦争を生きのび、いわゆる黄色い人を見た記憶のある人の意見では、それはなぜかフランスの命運に関係していて、その出現によってフランスがもうすぐ戦いに参じることが告知されたという。黄色い人は、政治家のガンベッタ1838〜82が死ぬ前にもふたたび下院で何人かに目撃されたし、カルノ大統領1837〜94の暗殺前夜にも同じ場所で一群の人びとが見た。1910年にも、同じ建物でまたもやだ。最後に現れたのは第1次大戦の始まる数日前だったという噂もある。

帰還霊

たんに幽霊の異名とされることも多い単語。だが本来的に言うと、長らく姿を消したのちに黄泉の国から戻ってきた存在をこう称したのであって、たとえば吸血鬼がこれにあたると思われていた。吸血鬼は一時死んだように見えても、やがて蘇る力を持っているからだ。それどころか、帰還霊は伝統的な幽霊とはじつはそうとう異なる。というのも、これは何十年、はては何百年も待ちに待った末に、はじめて世に再登場した霊と言うべきだからだ。

キキーモラ

古代スラ人が、あるいくつかの一族になつくと言われた幽霊につけた名前。丁重にもてなせば、家族を災いから守るばかりか、たまに屋敷の整頓や掃除をして、家事を手伝ってくれるときまであった!

時に霊ありて我面の前を過ければ我は身の毛よだちたりヨブ記

最近英国で行われた調査によると、回答者の44パーセントが幽霊の存在を信じており、うち7人にひとりが、その姿を見たり、音を聞いたり、取り憑かれたりした経験があると主張したとか。またこの世論調査から、英国民の半分以上がある種の心霊現象を信じている点も明るみに出た。

アメリカでも似たような大規模な調査が行われ、それにより、海の向こうでの幽霊侵攻は一段と強いことが判明した。なんと成人人口の57パーセント以上もが、幽霊を信じていたのだ。

筆者の知るかぎり、ほかの物書きはだれひとり、世界各地に見いだされる、さまざまなタイプの幽霊を定義づけようとしたり、史上名高い怪異現象を列挙したり、この問題にかかわった泰斗や著名人を詳述してはこなかった。とにもかくにも、一巻本では!

ウェストポイントの幽霊

ニューヨーク州ウェストポイントにある名高い米軍陸軍士官学校には、150年ほど前に死んだ兵士の幽霊が、アンドルージャクソン将軍1767〜1845の時代の軍服に身を固めて出没する。これまで何人もの生徒が、シャコー軍帽の一種とマスケット銃を完備した、この印象的な妖怪を見たと報告している。

レィ、エリファス

通称最後のマギ。傑出した19世紀フランスのオカルティスト。幽霊を意のままに呼び出す力をはじめ、超能力がかなりあったとされる。

またレィは、イギリスの作家エドワードブルワーリットンと親しく、リットンの傑作短編小説憑きものと憑かれるもの1859に魔術師として登場している。

ワシントン、ジョージ1732〜99

アメリカ合衆国初代大統領。1777年の凍てつく冬にペンシルァニア州のフォージ渓谷で部下と野営中、霊怪を見たと言われる。その幽霊は美女の姿で宿営中のワシントンの前に現われ、妙なる声でこう言った。共和制の申し子よ、見て学べ!ついで幽霊は、ワシントンが影響力を行使してアメリカに平和を回復させ、万人が平等に生活させてもらえるようにならなければ、アメリカがどうなってしまうのか、幻視で体験させた。ただ、この話の真偽は十分確証されてはいない。というのも、それが公表されたときには、すでにワシントンの死後60ほどたっていたからだ。

ロンドン塔

世界一の幽霊出没地と呼ばれる場所。だが塔が建てられてから9百年、その間にここで処刑されたり死んだりした人間の数を考えれば、驚くにはあたるまい!なかでも一番よく知られているのが、ヘンリー8世の妻のひとり、アンブリンの幽霊。タワーグリーン芝生の広場で斬首された彼女は、今も頭部を小わきに抱えて塔の界隈を歩きまわる。また血塔にも、そこで処刑された人びとの妖怪がいくつか出没するというし、宝物館にも、異様な青白い怪人がいたことが一再ならず報じられている。

ホワイトハウスの幽霊

アメリカで一番有名な建物であるワシントンのホワイトハウスで幽霊を見かけたという話はいくつもある。が、この大統領官邸にいる確率がもっとも高いのは、当の大統領を務めたエイブラハムリンカーンの妖怪だ。住人も客もリンカーンを見たと言っているばかりか、第26代大統領セオドアルーズェルト1858〜1919も目撃者のひとりになっているほどなのだ。

どうも1865年にリンカーンが暗殺されてからというもの、いずれの政権下でもだれかが必ず彼の幽霊を目にしているらしい。

しかしリンカーンの幽霊がホワイトハウスに出没したところで、驚くこともないかもしれない。彼が超能力者だったのは周知の事実だし、超自然にたいする関心が昂じたあげくに、1863年4月には深紅の間で交霊会を開く許可を出したほどなのだから。そのさいは、約30分ほどさまざまな現象が見られ、ラップ音が聞こえたり、テーブルが動きまわったりしたらしい。かくて死の当日まで、この大統領は霊界と交信できることを固く信じていたそして心霊研究家によれば、死後は生前の住まいにふたたび現れることで、それを絶えず証明しているのだという。

赤の書

ユング創元社2014/8/21

赤い男

私は自分がある城の一番高い塔の上に立っているのに気づく。それは空気からわかる私は時間的にはるか昔に戻っている。畑と森とが交互に現れる寂しげな起伏のある土地へと、遠くに私の視線は漂う。私は緑の服を着ている。私の肩には角笛がぶら下がっている。私は塔の見張り番である。私は遠くを見やる。彼方に赤い点が見え、この赤い点は曲がりくねった道を近づいてきて、ときどき森に消えては、また表れてくる。それは赤いマントを着た騎手、赤い騎手である。彼は私の城にやって来る。彼は門を馬で通り抜けている。階段で足音が聞こえ、段がぎしぎしと音をたて、コツコツとノックの音がする。奇妙な不安が沸き起こってくる。すると赤い男が立っていて、背の高い姿全体が赤色に包まれていて、髪の毛さえ赤い。やっぱりこれは悪魔だと考える。これは、このファンタジーの最初の場面のユングを描いたものである。

赤い男私が誰だと?あなたは私が悪魔だと考えている。予断はよしてください。私が誰だかわからなくても、私と話をすることができるだろう。すぐに悪魔のことを考えるとは、あなたは何と迷信深い若者なのか?

赤い男だとすると私はあなたのところにいるのが正しいことになる。長い間私はありとあらゆる国を放浪してきて、あなたのように高い塔に座って、見たことのない物を探している人を求めてきた

赤い男それは侮辱ではなくて、むしろその逆で、適切なところをついている。しかしながら、私はあなたが思っているような古代の異教徒ではない

私私はそのように主張したいのではない。そういえるほどあなたは大げさでもラテン的でもない。あなたにはギリシアローマ的なところがない。あなたはこの時代の息子のようであるけれども、何か並外れたところを持っていると言わねばならない。あなたは本当の異端者ではなくて、われわれのキリスト教と並行して走っている異教徒だ

私神の前では、いつもそのように真剣で、自分自身に対して忠実でありたいし、そう努めている。けれどのあなたの前にいるとそれが難しい。あなたは一種の絞首台の雰囲気をもたらす。あなたはきっと、異教徒と異教徒の子孫が有害な術を教えるサレルノの黒い学校出身の者であろう

赤い男はもっと赤くなっていくようで、衣服が灼熱の鉄のように光を放つ。

私あなたは私を完全には理解できないと思う。生きている人間の中であなたが知っている者と私を比べているのだろう。けれども本当のことを言うと、私はこの時代とこの場所に本来属していないことをあなたに言わねばならない。魔法のために私は久しくこの場所と時代に追い払われてきている。実際は、私はあなたの前に見えている者ではない

赤い男私はユダヤ人ではないけれども、ユダヤ人を擁護せねばならない。あなたはユダヤ人嫌いに思える

騎士の赤は淡い赤みを帯びた肉のような色に変容する。そして見よ、なんという奇跡であろう、私の緑の衣服から一面に葉が出てくる。

注意深い人は誰でも自分の地獄を知っているけれども、誰もが自分の悪魔を知っているわけではない。単に喜びの悪魔だけではなくて、悲しみの悪魔も存在する

ユングは、第1次世界大戦の前に、理解しがたい夢を見たり、圧倒されるようなィジョンを体験したりして、精神的な危機を迎える。そのようなィジョンを記録しつつ、後には自分から積極的にイメージを喚起するアクティブイマジネーションという技法を用いて、無意識から生じるイメージに関わっていった。その体験を書き留めたのが、本書でもしばしば参照される黒の書である。それに基づきつつも、そのィジョンや対話をさらに絵にしたり、自分の解釈を入れ込んだりする作業を加えて本に仕上げたのが赤の書である。

ナポレオンミステリー

倉田保雄文藝春秋2001/8

フリーメーソンと情報網

半信半疑といった印象を免れないが、フリーメーソンが実在することは確かで、秘密結社だからメンバーのリストなどは発表されていないが、知られている創成期の名士としてフランスだけでも、シャトーブリアンコンドルセモンテスキュー、ォルテール、スタンダールラファイエット、そしてナポレオンが名を連ねているのだ。

たしかに、フランスで出版されているフリーメーソンの辞典のナポレオン一世の書き出しにはナポレオン一世がフリーメーソンに帰属していたかどうかは歴史の謎として残っているとことわっている。

そうした中で、有力説は、ナポレオンは1798年のエジプト遠征の際、マルタ島に加入儀礼を司る集会支部メーソンに加入したというのだが、これには、その当時、マルタ島に加入儀礼を司る集会支部が存在しなかったという反論もある。

いや、実のところ諸説紛で、たとえば、

フォンテンブローの森の中で1795年、ひそかに加入した。

1796年にイタリアのロッジで見かけられた。

1798、もしくは99年に、エジプトはピラミッドの下で加入儀礼がおこなわれた。

といった具合なのだ。

要するに帰属を示す決め手を欠くというわけだが、愛妻ジョゼフーヌ皇后をはじめミュラ将軍など多くの側近のメンバーシップが確認されていることを考えると、極めてあり得ることといえよう。

では、なぜナポレオンはフリーメーソンにこだわったのかーという基本的な疑問だが、これについて著者はその理由として、ナポレオンにとっての利用価値をあげている。

つまり、フリーメーソンという国際秘密組織はナポレオン大帝国の建設、拡張、運営に必要不可欠の存在だったということで、コラベリーは結論として、フリーメーソンコネクションなくして、ナポレオン大帝国は存在しなかったであろうとまで言い切っている。

そのコネクションというのは、国内では官僚と軍人の間のつながり、そして対外的には進攻先の国における多様な協力者で、とくに協力的だったのは、ウェストファリア、イタリア、スイスのロッジだったそうだ。

地底人王国

エリックノーマン大陸書房昭和51年6月

地上の支配者の前に世界の王が姿を現したか、その使者が現れたという話は数多い。ナポレオンボナパルトには、三度に渡って燃える赤い人が訪れ、この大武人政治家に予言を与えている。

その夜、ナポレオンは、ぐっすりと眠り込んだが、夜明け近く、何か寝室内で動く気配がして、目を覚ました。ナポレオンは、強い光がひとつに集まって火炎の色をした人の姿になっているのを見た。その奇妙な訪問者は、気持ちの悪い声で言った。私はフランスの赤い人だ。私は昔からフランスの支配者たちの前に姿を現してきた。私は、災厄の近いことを告げ知らせる者だ。

ナポレオンの不思議な訪問者と、その正確な予言のことについては、ナポレオンの側近や補佐役の人も耳にしたり、目撃したりしている。その中のある者は、その奇妙な来訪者は、霊界からやって来た幽霊予言者だと言っている。

多くのオカルト研究家たちが考えているように、その来訪者とは、迫りつつある破滅のことをナポレオンに警告するために、地球の内部のアガルタ王国から送られた世界の王の使者であったのかもしれない。

地球に来た神人

ロベールシャルー大陸書房昭和59年

ナポレオンと薔薇十字会

ボナポルト将軍は、そのエジプト遠征の間、テンプル騎士団の伝統を受け継ぐマルタ騎士団の軍事ロッジに入会を許可された。この結社の団長は、当時ホンペッシュの名で知られていたが、彼はあのサンジェルマン伯爵数世紀生きたといわれる謎に包まれた18世紀の神秘的な人物に酷似しており、神智学者レッドビーターは、目を惑わされることなく、確かに彼こそトランシルバニアの導師サンジェルマンは、トランシルバニアの皇子だったという説があると認めている。

従って、ボナパルトとサンジェルマンとが個人的に直接に接触したということは、非常に限られた者だけに許されるテンプル騎士団の秘儀伝授が、サンジェルマンからボナパルトに伝えられたと考えられる。

世界不思議大全

泉保也GAKKEN2004/6

パリの薔薇十字団

完全なる世界の創造を目指した超人集団の謎

あらゆる魔術的叡智を体得し霊眼を開く

人間の姿をとって物質界に現れた高次の霊的存在のローゼンクロイツ

パリが興奮し時代の英傑が入団を希望した薔薇十字団

目に見える姿と目に見えない姿で、当市内に存在している

団員は天の周辺に住む神的な一団である。彼らは、分身の術を備えていて、意のままに姿を変えて現れることができる。また彼らは、自分の望む場所に移動することもできる。その他、団員は占星術によって地震を予知したり、都市の疫病の流行を遅らせたり、空中を歩いたり、どんな病気でも治すことができる。

ヨーロッパ世界には、そうした超能力を持つミステリアスな人物に出会ったという説が無数に残っているのだ。

17世紀の前半期、ヨーロッパに大旋風を巻き起こした薔薇十字団は、1648年頃、再び忽然とその姿を消してしまう。

ハイヤーセルフにチャネリング

未来を予知したい時、迷った時の秘密の方法

上野正春星雲社2010/9/1

心理学で立証されている潜在意識との対話

分析心理学は通称、ユング心理学ともいわれ、深層心理について詳しく研究がなされました。この深層心理こそ、チャネリングにおいて、もっともっと重要な科学的根拠になります。

ユングのいう深層心理とは人間の中に秘められたコントロールや認識を超えた無意識の働きを指し、潜在意識とも呼ばれます。

前世から今世、そして来世へと時を超えても変わらない聖なる本質が高我であり、これをハイヤーセルフと定義します。

チャネリングハイヤーセルフとの対話が本質

チャネリングは、通常の手段では連絡のとれない相手と会話などを交わすことを指し、その相手とは宇宙人であったり霊魂であったり、神や仏といった存在であったりもします。

つまり、神の言葉を信者に伝える巫女みこシャーマンや、青森県の恐山おそれざんにはイタコや霊媒などの行為もチャネリングに当てはまり、彼女たちを指してチャネラーとも呼びます。

先に記したように自分の潜在意識と対話するという面において、チャネリングは心理学用語のひとつといっても言い過ぎでありません。

フェローシップ知られざる宇宙の隣人たち

ブラッドスタイガーたま出版1996/2

エジプトでナポレオンの前に現れたレッドマン

神秘的現象として伝えられている伝承によると、野望にあふれる軍事指導者であったナポレオンの前にレッドマンと呼ばれる存在が姿を現したのは、ナポレオンがエジプトに出征しているときのことだった。この不可思議な訪問者は過去にもフランスの統治者に警告を与えたことがあり、今度はナポレオンに注意を与えるために現れたのだと言った。

フランスの民衆がナポレオンの野望に恐怖を感じ始めていると諭したレッドマンのメッセージに、ナポレオンが異議を唱えると、自分はナポレオンを学童期から見守っているのだとレッドマンは言った。私はあなたが自分自身を知っている以上にあなたのことをよく知っているのですそうレッドマンはやさしく言った。

レッドマンはナポレオンにフランス艦隊にナポレオンが発した命令は守られていないと教えた。ピラミッド周辺での血まみれの戦闘を無事終え、勝利をアピールするさまを心に描いていたナポレオンはエジプト出征を行ったのだが、彼のもくろみは失敗に終わり、母国フランスに戻った際にはイギリス、ロシア、トルコ、ヨーロッパ等の同盟が彼を締めだすことを決めた事実を知るようになるだろうとレッドマンは語った。国内では、ナポレオンをパリで迎えるのは暴徒と化した民衆であろうとも告げられた。

レッドマンの予言通り、エジプト遠征は失敗に終わった。1809年、バーグラムでの戦いの後、ナポレオンはシェンブランに本拠地をつくった。彼はそこで、ある真夜中に一人でいる際、再びあの不可思議な助言者の訪問を受けた。

1814年1月1日の朝、レッドマンは3度目、そして最後の訪問をした。彼が皇帝位から退かざるをえなくなる少し前のことである。レッドマンは初め、相談役のモールのもとを訪れ、非常に急を要することを伝えるために皇帝に謁見したいと申し出た。モールはナポレオンから、邪魔を入れるなど厳しく言い渡されていたのだが、レッドマンが来ているというメッセージをしたがえて彼が皇帝に伺いをたてると、皇帝はすぐにレッドマンを迎え入れた。

ナポレオンはレッドマンに、ある約束の実行期限をもう少し延ばしてほしいと懇願したが、たった3月で世界の平和を達成するようにとレッドマンは彼に告げたという。もしナポレオンがこの約束を履行することができなければ、彼には何のチャンスも残されていなかった。時間を稼ごうとの無駄な努力から、ナポレオンは絶望的な西部遠征を新たに始めることにした。この出征は、パリを去り、同盟軍の手の中に自ら落ちていくようなものだった。同年4月1日、レッドマンが3度目に彼のもとを訪れてから3月後、タレーラン外相と議会は、ナポレオンの退位を求めたのである。

スウェーデンのチャールズカール12世の前に現れた不思議な存在

スウェーデンの民間伝承によると、王チャールズ12世は、赤らんだ皮膚をしたリトルグレイマンに相談をもちかけようとしたということである。リトルグレイマンは国王に、国王自身が崩御するまで消えることのない指輪を与えたそうだ。

チャールズ国王はヨーロッパ、ロシア、トルコを次と打ち破り、彼の武勇は伝説にまでなった。彼もまたナポレオンと同様、平和を樹立せよという、不可思議な訪問者の求めに抵抗した一人であった。

1718年、スウェーデン人がフレドリクスターを包囲した頃、チャールズ国王下の将校達は、リトルグレイマンが国王に贈った指輪が国王の指から消えてしまったことに気づいた。その直後、国王は頭部に負傷し息絶えたのである。

ワシントンがフォージ渓谷で出会った天使

1777年、ジョージワシントンはフォージ渓谷の粗末な仮兵舎の中で座っていた。彼のいる部屋の隅で何かが動く気配を感じた彼はそちらの方を振り返り、長いロープをまとった、長い髪をした存在が立っており、そのまわりに蒸気のようなものが渦巻いて立ちのぼっているのを目の当たりにした。彼は最初、とっさにその存在をインディアンと間違えたのだが、後になって、自分は天使を見たのに違いないと確信するようになった。

彼は親友のアンソニーシャーマンに、浅黒い肌をした天使がアメリカ合衆国の誕生、その後の発展、そしてその先の運命を見せてくれたのだと語った。しかしこの事実が印刷物として発表されたのは、そのずっと後の1888年、ナショナルトリビューンがこれをとり上げてからのことであった。

エドガーケイシー奇跡の生涯

ロバートスミス中央アート社2003/1

眠れる預言者のエドガーケイシーも石油開発に失敗

エドガーケイシーは1945年に67歳で亡くなった米国の眠れる予言者と言われた心霊診断士であり、約43年間リーディングと呼ばれる、夢解釈で全米ばかりでなく、世界的に有名になった心霊治療師である。日本でも多くの本が出版された。リーディングを通じて、トランス状態に入り、トワイライトゾーンからの情報を伝えた。

若きエドガーケイシーが天使のような存在と巡りあい超能力がついたと言われている。エドガーケイシーは、この状態で霊界に移り住んだ人と交信することは可能か?物質界から消えた万人の霊は発達を遂げて先に進むまで、または発達するためにこの世へ戻されるまで、物質界周辺に留まる。そういう者が交信をとれる水準にあるか、またはこの世の内部に留まっているときには交信できる。今ここにも、まわりにも何千人もいる。

ケイシーや私からすると、テキサスに石油が湧き出る気配があるというのは、全ての欲求の答えを握っているように見えたとカーンは、書いている。1920年テキサス州ジョンソン群でケイシーとカーン、および採掘者にして投資家のサンダースは、テキサスケイシー石油会社を作った。投資家たちは、ケイシーの霊能力をあてにして約5万ドルをその冒険的事業につぎ込んだ。しかし、ニューヨークで株を売ろうという努力は、石油の発見された証拠がないので失敗した。

その証券ディーラーが説明したようにケイシーの人格以外、ほかに売り物がなかったからだ。1921年テキサス州サンセバに賃借りした油田で採掘を行なうが石油は発見できなかった。また、ニューヨークの株式仲買人モートンブルーメンタールと知り合い、相場をリーディングした。ウォール街のブルーメンタール兄弟は、1924年から30年の間にケイシー氏に468回もリーディングしてもらった。多分その半数が、夢を解釈するためのものだったのであろう。そのほか、投資情報が採られた場合も多い。

超能力者を犯罪捜査に活用することは、現在では、テレビでも放映され超能力捜査官の名もある。米国では、超能力者をビジネスに利用する傾向は、昔からあるようだ。ケイシーの場合、石油は出なかったが、ペテン師呼ばわりはされなかったようだ。